お看取りについてのブログ

2025/10/15
「生きる」を大切にした最期
vol.28 S様/女性(59歳)
告知から在宅療養へ
10年前の検診で乳房に腫瘍が見つかったS様。良性という診断結果に安堵したものの、その後皮膚に異変が現れた時には、既に病は進行し、ステージⅣの乳癌と診断されました。それでもS様は、YouTubeで知り合った方の自然療法を試みるなど、治らない病気であると理解しながらも、「生きる」ことを諦めずに大切に日々を過ごされていました。
カナダ人のE様と二人暮らしのS様は、59歳の誕生日を自宅で迎えたいと強く願っていました。「このまま病院にいると、死が早く来てしまうのではないか」と感じたS様は、病院から急遽退院。クリニックのS医師による往診がすぐに始まりました。GLCの医療連携を担当するWさんと、英語が堪能なWケアマネジャーが連携し、看護体制が整えられ、ターミナルケアチームによるサポートが開始されました。
ご自宅に伺うと、そこには59歳の誕生日を祝う飾り付けがあり、満面の笑みを浮かべる幸せいっぱいのS様の姿がありました。反面、その傍らでE様は不安の色を隠せないご様子でした。
揺れる思いと深まる絆
S様は、緩和ケアに用いる麻薬やステロイドといったお薬の使用に、強い抵抗がありました。「最期まで自宅で過ごしたい」という強い希望を持つ一方で、E様は容体が急変した場合は病院での治療を望んでいました。
YouTubeで出会った方の情報を頼りに、S様は糖質制限やスムージーを中心とした食事療法、自宅用サウナの導入など、できる限りのことを試されました。しかし、病の進行とともに体力は除々に低下し、歩くことさえ困難になっていきました。
その中で、S様は以前は控えていた甘いものを少しずつ口にするようになり、腹部の痛みにブスコパンが効果を示すと、ステロイドの服用も始められました。モスバーガーのエビカツバーガーを一個食べることができたことは、S様にとってささやかながらも大きな喜びでした。
E様は、様々な買い物や、S様の食欲がせっかく買ってもあまり食べられないことに、ストレスを感じることもありました。一方、S様もご自身の欲求がうまく伝わらないもどかしさから、夫婦喧嘩と笑顔が繰り返される日々。それは、お二人が懸命に生きている証であり、とても濃厚な時間でした。
迫りくる最期の時
在宅療養から3日後、S様は脱水と膀胱炎のため点滴による治療が開始されました。会話はできるものの、触診で血圧は60と低い状態でした。徐々に体幹部に点状に出血斑が広がり、医師からは肝不全による胸腔内出血、余命はあと1~2日と告げられました。
遠く鹿児島に住む82歳のお母様が、週末にどうしても会いたいと来られる予定でしたが、S様の容体はそれを待つことはできませんでした。S医師は、E様と鹿児島のご家族様に現在の状況を丁寧に説明し、E様も覚悟を決めました。
じわじわと乳房患部からの出血が増え、息苦しさも増してきました。苦痛を和らげるため、鎮静剤であるセレネース注が投与され、さらに医師からE様への丁寧な説明の後、ブロマゼパム坐薬が使用されました。しかし、坐薬を挿入した後も、鎮静状態の中で出血は止まることはなく、そのまま逝ってしまう可能性がありました。
坐薬を入れたあと、E様はS様のおでこに温かいキスをされました。涙を隠しながらも、E様は笑顔で「大丈夫だよ」と優しく声をかけました。S様は、その愛情に応えるように満面の笑みで「ありがとう」と感謝の言葉を伝えました。そして私にも、「Mさん、ありがとう。大丈夫よ、もう寝るね、おやすみ」と何度も手を握りながら笑顔でお話くださいました。
一度眠りについたS様でしたが、再び目を覚ますと眠れない苦しさから、最期にもう一度E様が坐薬を挿入されました。その後、S様は眠るように息を引き取りました。
穏やかな旅立ちと献身的なサポート
最期のS様はとても美しく、両手はそっとお腹のあたりに添えていました。
そのお顔は最愛のE様の方を向いていました。
E様は、S様が生前好きだった黒いワンピースを選んでいました。
S医師はエンゼルケアも携わり、乳房部分の傷をきれいに整えられました。E様は髪を乾かすなど、お二人でS様の最期のお姿を整えました。
エンゼルケアが終わると、E様は葬儀社を手配していました。鹿児島のご家族様にも密に連絡を取り、献身的にS様を支える姿が周りの人々にも深く伝わりました。
今回のお看取りにおいて、大切な場面は英語で伝えることが必要でした。サービスの導入に関してはケアマネジャーが、また医師も英語で会話してくださったことで、E様は安心してS様の最期を看取ることができました。また、揺れ動くE様の気持ちに何度も寄り添い、その気持に向き合うことの大切さを改めて感じました。
「生きる」ACP、「最期の時を迎える」ACP
異国の地で、日本の医療や介護のシステムが十分に理解できない状況で、サービスを整えることは、E様にとって大きな困難だったことでしょう。しかし、それは日本で暮らす私達にとっても、初めての経験であれば同じことです。「生きる」ことのACP*(アドバンス・ケア・プランニング)と、「最期の時を迎える」ことのACPはそれぞれ違う側面があることを感じました。訪れる最期を突然の形にするのではなく、その過程にしっかりと寄り添うことができた今回のエンディングストーリーが、皆様に少しでも伝われば幸いです。このご縁に心より感謝申し上げます。
*ACP(アドバンス・ケア・プランニング):人生の最終段階における医療やケアについて、患者本人が事前に考え、医療従事者や家族と話し合うプロセス