パーキンソン病の新たな治療戦略 パーキンソン病の方に役立つ基礎知識vol.52
免疫システムの力:抗体
私たちの身体を守る免疫システムは、抗体と呼ばれるタンパク質を使って、体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物を攻撃します。抗体は特定の異物にある抗原(目印)に特異的に結合して、その異物を生体内から除去するために働きます。
近年、抗体の性質を利用した抗体医薬品が、パーキンソン病をはじめとする神経難病の治療戦略として注目されています。
αシヌクレイン
αシヌクレインは脳の神経細胞に発現するタンパク質で、神経終末部に存在し、シナプス調節機能やシナプス可塑性に関与していると考えられています。
パーキンソン病患者の脳内では、異常な構造をしたαシヌクレインが凝集・蓄積し、ドパミンを分泌する神経細胞を死滅させ、運動症状などを引き起こすとわかっています。すなわちαシヌクレインを除去できれば、神経変性の予防とPD症状の進行を抑制できると期待されています。
抗αシヌクレイン抗体
現在、スイスのロッシュ社、デンマークのルンドベック社、武田薬品工業とイギリスのアストラゼネカ社が主導して、抗αシヌクレイン抗体の研究開発の臨床試験が進められています。
しかし、開発には難航しており、免疫システムを利用した抗体医薬では、細胞外のαシヌクレインを標的とするため、細胞への伝播は抑制できるものの、細胞内でのαシヌクレインの凝集やそれに伴う神経変性自体を防ぐことが出来ない点が課題と報告されています。
核酸医薬
核酸医薬は、細胞内αシヌクレインの生成に抑制作用をもたらす効果が期待できると注目されている医薬品です。パーキンソン病における核酸医薬として、shRNA(short hairpin RNA)やアンチセンス核酸があります。
shRNA(short hairpin RNA)
shRNA(short hairpin RNA)は、mRNAレベルでαシヌクレインの生成を抑制する手法です。プラスミドから転写された後,ヘアピン構造を形成し、プロセシングを受けてsiRNA(short interference RNA)となり、RNA干渉(二本鎖RNAと相補的な塩基配列をもつmRNAが分解される現象)によって遺伝子の発現を抑制する作用があります。
しかし、shRNAは細胞内の安定性や毒性の面で課題が残されています。
アンチセンス核酸
近年、Gapmerと呼ばれる構造を持ったアンチセンス核酸が注目されています。Gapmerは標的結合能や安定性を高めることで、長期効果が期待できます。現在、他の神経変性疾患であるHuntington病や家族性アミロイドポリニューロパチーで臨床試験が進められています。
S1P5受容体作動薬
小野薬品工業が開発中の薬にS1P5受容体(スフィンゴシン1-リン酸受容体の一つ)作動薬があります。
中枢神経のオリゴデンドロサイト由来の髄鞘にαシヌクレインが蓄積すると、髄鞘が脱髄し、神経細胞が死んでいきます。このS1P5受容体作動薬が異常αシヌクレインの蓄積を抑制すると報告されており、PD治療薬として開発が進められています。
パーキンソン病の新たな治療戦略として、免疫システムや遺伝子の働きを利用した方法が研究されています。これらの治療法はまだ開発段階ですが、将来的にはパーキンソン病患者の生活を改善する可能性を秘めています。
立川 哲也
<理学療法士、PD 療養指導士、生命科学博士、LSVT®BIG ライセンス認定者>